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バラの花園は堕落を約束し、茨多き大地は試練と知恵を与える

mathichen17

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先週、飲食店カテゴリ記事見ていたら




中年のおっさんが学生の知人に誘われ、若いコ向けのギトギト系ラーメン屋に入ると
味より、「子供は汚すのが仕事。店員が片づけるから、お母さん安心してね~」、壁の張り紙が気になった
小さな子供いる家族連れに配慮してなのだろうけど
おっさんは、「店には、他にも客いる。ガキの汚した光景目にしながら食えというのかい」
「外食は、子供に公の場所でのマナー教える機会である
汚してもOK、それは家庭内が許容範囲だ」




全く同感ざます
親やジジババが目配りしながら、それでも失敗した幼児であれば、まぁ仕方ねえや
しかし汚すことを是認したら、稚姓と狂幼に満ちて無恥な飽食モンスターファミリーどもを思い上がらせるだけだ
そもそも、人間は何のために教育要るのさ?
性善説が正しいのであれば、何故、躾しまくっても効き目ゼロの子供いるのさ?
ベトナム人やその旧宗主国フランス人の主張通り
子供の恥は、親の恥。子供はバカが前提の元に、性悪論で接し、矯正していくべきなの




25歳前のママが、スーパーでオイタした3歳の息子を叱っていると
「いや~、子供にあんなカワイソなこと。こういう親が、虐待すんねんで、怖~」
亀の甲より年の功であるはずのババァどもによる、陰で罵詈雑言大会が始まったり
プール監視員お兄さんが注意すると
注意された子供のババァが飛んできて、「ウチの娘が泣いてるやないのッ」
何とま~、孫の母親である40歳くらいの娘の過保護ママだったり
親きょうだいの面子守るべく注意せず、フシダラ働いた子供を親孝行と受け入れ、孫フィーバー踊ったり
世界に冠たるおサルな幼稚園国家には理解不能でしょうがね




託児所付きコンサートなんて、都会でないと難しい。子供のためのコンサートもある。などは、別として
昨日も、原則として子供は入場禁止にすべきと、某クラシック演奏会でつくづく思ったわ
「しーっ」という親の声が一番うるさいんだよがわからん耳と頭両方悪い親、やっぱいたのよ
静かにさせられない、注意しても限界ある幼過ぎる子供持つ親は、演奏会は子供大きくなるまで諦めろっての
親にも人生いろいろ楽しむ権利ある、諦めろというのか?
親にバカ高い学費を長年使わせてモノにならなかった音大生くずれなんかだったら頭悪いから通じないけど
静かに音楽聴きたい場所が理解出来る、本当に音楽好きなオトナであるなら、諦めるのが常識です











カトリックの作家夫婦はどうしても好きになれない部分多いですがは長くなるので置き




奥さんが取り上げた、ユダヤ教ラビの言葉が面白い
誰かが、「どうしてユダヤ人というのはあれをしてはいけない、これをしてはいけないということばかり言うのか?」
ラビの答えは、「ユダヤ人は子供に禁止だけを教え続けるから、子供は何をしたらいいか考える」
然るに日本人は、あれせいこれせいと言うから、子供は本当に何をしたいかわからなくなる




旦那さんが取り上げた、遠藤周作(狐狸庵先生は説明するまでもなく、カトリック)の説では
禁止というのは非常に厳しいようだけれどもそうでもなく、広範な自由がある
例えば、銀座でクソをするなというと、銀座以外ではどこでもしていい
京橋でも日本橋でもいい
ただ銀座でクソをしろとなると、エライことになる
だから禁止というのは、一定の範囲をハッキリさせることによって、広範なる自由を、責任を伴った自由を与える




ラビの言葉は、禁止教育が成立する前提として、教育が刷り込みでなく排他的でもないが挙げられると思います
ところで、ユダヤ教は、排他的?寛容?どちら?
ユダヤ人の資格は、ユダヤ教徒の母親から生まれたか否かが決め手
父親がユダヤ人でも、母親が異教徒だと、ユダヤ人にはなれない
では、ユダヤ人にはなれなくても、ユダヤ教徒に改宗することは?こちらは、イスラエル国籍取得同様に可能
世界の超難関大学卒業級秀才だろうが、どんどん脱落するくらいの厳しい研修課程あるけど
カトリックから改宗した日本人女性いるくらいだから、杓子定規ではないよう




実際、超正統派ガリガリ、穏健な保守派、現代的な改革派など、ユダヤ教徒同士でもさまざま
オラの教義が全ての基準じゃ、いやウチの教義が正しいッとやり合いながらも、共存している
イスラエルのラビン首相暗殺したみたいな狂信組はいるが、親戚同士で宗教戦争起きた話は聞いたことない
厳しく突き詰められるのは、ユダヤか非ユダヤか
ユダヤであれば国はなくても、世界中どこでも神さんの下に生きて行かれる
ユダヤでなくなったら、ただの人間。それに対する恐怖感が強いのね。で、束縛も強くなる




という発想だと、排他的か寛容かようわからんようになるですな
カトリック作家妻に言わせれば
「日本の神道は最初から普遍性を獲得しようという気を持たないから、何でも受け入れ、排他的でない」
これに従うと、ユダヤ・キリスト・イスラム世界三大宗教は普遍性を要求するから、排他的である
…ますます、混乱してきた




ただですな
普遍性を持たず雑食はお好きにすればよろしいが
どれだけの日本人が、受け入れた諸々の歴史や価値を理解しているのやら




姑以上に細かい食の戒律持つユダヤ教でも、中華料理やイタリア料理は食べる
豚肉やシーフードは登場しないが、規定に則した食材と調理法でアレンジするのね
日本人から見たら「ただの野菜炒めじゃん」を、メッチャ美味いわ~と喜んで食べる
テルアビブじゃなくてエルサレムにある、ユダヤ教徒向け中華料理店が流行るわけよ
「そんなモノ食いたかねえやい」の異教徒や観光客はどーすんの?
ご心配なく。エルサレムは三大宗教聖地だからかに関係なく、普通の中華料理店も用意されております
歴史や事情は異なるが同じ流浪の民を考慮し、イスラエルに大量受け入れしたベトナム難民を雇って




日常に禁止がほとんど見られず、世界的に見たら裕福なのに、難民受け入れには冷淡な歴史や差別を持つ
それと比較すれば、厳しいルールわんさか、だが融通は利く、ユダヤ教徒の方が人間的に優れているわな~

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