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歴史を繰り返し復習しなければ、復讐するは我に在り(後篇)

mathichen17

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前記事から続いた




9.強制収容所の集団墓地
アンネ・フランクはガス室じゃなくて収容所内での病死だったような。
ベルゲン=ベルゼンにはガス室機能設備が無かった
その代わり、劣悪極まる衛生状態や過酷な労働など他の原因により、バタバタ倒れて逝った
アンネ目撃者の証言によれば
一緒にいた姉のマルゴーと共に体力の衰えからチフスに罹り、姉が先立ち
ボッチとなった妹が後を追いかけるように亡くなった
1945年3月31日を死亡日とされているが、これは特定されたものではなく
生存者の証言などにより、それよりも早い2月の終わりか3月の始め頃と推測される
遺体は確か判明しておらず、死屍累々の中に埋もれてる?

画像は閲覧注意ものだ、見たけりゃ前記事にペタリしたURLからお願いね






4.ベルリンの壁の救出
東出身のこのドイツ兵は、この子供を壁の向こうへ越えさせることはできないことはわかっていた。しかし、子供は両親と東西に離れ離れになってしまっていたため、彼は捕まらないようあたりを警戒しながら、子供を抱き上げて、有刺鉄線をの上を越えさせた。
ベルリンの壁の兄ちゃん、いや、すごいかっこいいんだよ
しかしめっちゃ警戒してるのに写真撮られてて大丈夫なのか

※100
兵士が東側の人間だというのは確定だと思うので、この写真は西側の報道関係者か、西側脱出を手助けする人たちが撮影したんだろうな。
東側兵士は何も言わずに子供を有刺鉄線の向うに下ろして、他の東側兵士に見られてないか振り返っているシーンかも。きっとその場には東側兵士は本人しかいなかったとしても。
西側の人にとっては、良い宣伝にもなるし、西側脱出の正当性(?)の主張としてもプロパガンダとしてもいい写真だよね。
きっとその写真を東側の人間が見て、写っている東側兵士がどうなるかってのは考えなかったか、写真の提示欲の前に脇によけてしまったのかもね。
4.ベルリンの壁の救出の東側のイケメン兵士、調べてみたけど残念ながら上官に即効バレて処罰(処刑?)されたっぽい
1961年8月15日の出来事らしい





アンネに関しては、親友ハンネリとの再会が切な過ぎる
『後ろの家』、隠れ家生活中に、惨めったらしい姿のハンネリ・ホースラルが現れる夢を見たアンネ
助けてあげられなくてゴメンネと思ってたら
1945年初め頃に有刺鉄線越しだが、ボロ纏ってる自分の前に、手厚く保護されるハンネリが現れたのがね
(ホースラル一家はパラグアイの旅券を所有していたため
ヴェステルボルク通過収容所を経てベルゲン=ベルゼン強制収容所の『中立国外人』ブロックに収容され
赤十字の支援物資を受ける事が出来た
アンネはこの時ようやく実はスイスに亡命したのではなくて隠れ家にいた事をハンネに打ち明けた
また両親とは離れ離れになった事を告げ、「私にはもう両親がいないの」と涙ながらに語っていたといい
その後も3、4回会ったというが、2月末頃からアンネの姿を見なくなったという)




ベルリンの壁はだ
兄ちゃん云々の前に、昔々ワーグナー師匠格と話した事を思い出すわ




「東西ドイツを隔てる国境線を、少なくない数の日本人が勘違いしていた」
どう言うか
「ドイツ地図を広げると、上からベルリン市を左右にブッタ切って下へ伸びている」
んなワケねーじゃん…
West-Berlinは、第二次世界大戦終戦後1949年から1990年まで、米英仏が占領したベルリン西部の地域
周囲をドイツ民主共和国の領土(ソ連が占領し、後に東ドイツの首都となった東ベルリンも含む)に囲まれていた
この事から、西側自由主義陣営からは『赤い海(共産主義諸国)に浮かぶ自由の島』と評された
…けど、『西ドイツの首都:ボン』、なのに、西ベルリンと本気で思っていた者がいた
社会科の時間タヌキ寝入りしていたらしいとして
「ベルリンの壁=東西ドイツの国境の一部」と勘違いされる事もあるが
ベルリンはドイツ帝国時代から全域が東側に所在し、同時に東ドイツの首都でもあり
『西ベルリン』のみが西ドイツの飛び地状態であった
東西合わせたベルリン市全体が東ドイツ国内に位置していたの認識が薄かったらしい




早い話、「二つの国が、片方に位置する一つの街でニラミ合い」
行った事無いけどソ連ほど広大じゃない地域でのね
実際、東ドイツ建国から壁建設までの10年余り、通勤のための往来が出来たとの事
東ベルリン市民がブランデンブルク門を越えて西ベルリンの職場まで出社するみたいな話よ
サッカーの話で言うと
細貝萌や原口元気で知られるヘルタ・ベルリン
東西ベルリン市民のサポーターを持ち、壁建設までは、特に問題無かった
壁が出来たら、クラブが西側に属するため、東側はさてどうしたか?
当初は東側に面した位置にスタジアムがあったので、許されるギリギリの場所に集合し
スタジアム内から聞こえて来る声などに合わせて応援していたってよ
その後、本拠地が東側から一番遠い場所への移転か何かにより、長年我慢の日々を送らざるを
だもんで古参サポーターは、壁崩壊した直後、喜び勇んでオリンピア・シュタディオンまで飛んだとさ
…という具合に、本来分断するのが無謀な狭い地域を睥睨していた壁だったのよね




「同じドイツ人同士、何をくだらない真似やってるんだ?」
行動に移せないだけで、イケメン兵士と同じ感情抱く者は他にもいたと思う
勇気振り絞ったイケメン兵士に合掌しといて




分断、ね
https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%97%A5%E6%9C%AC+%E5%88%86%E6%96%AD%E5%9B%BD%E5%AE%B6&aq=0&oq=%E6%97%A5%E6%9C%AC+%E5%88%86%E6%96%AD&at=s&ai=MNAUQjURQKuuf7pqtGsYPA&ts=16226&ei=UTF-8&x=wrt
東西ドイツ、海挟んだ隣の半島と、日本には無関係だシラネで済む話と決まってない
たまたま運が良く、結果、パスポート不要で北海道へボランティア行けるという話かも
そして、この先もずっと現状維持出来るかと言えば、言い切れない




ドイツが東西分断する前には、分断されるだけの何かが起きた






3.泣き崩れる少年兵
絶望と恐怖に打ちひしがれる16歳のハンス・ゲオルグ・ヘンケ。彼はヒトラーユーゲントのメンバー。この写真は、ドイツ降伏の前日に撮られた。
国に学習能力無かった不運ね
というのも




『歴史は繰り返されるのならば良い行いも繰り返される。心あたたまる歴史上の8つの出来事』
2018年06月11日

1. 真の英雄のハスキー犬たち
2. スコットランド、ロッカビーの悲劇への忘れえぬ思いやり
3. 激戦地で敵軍と共に祝ったクリスマス
4. 女性戦闘員同士に芽生えた友情
5. ボストンのクリスマスツリーにはすばらしい意義がある
6. 地震を乗り越えて絆を結んだギリシャとトルコ
7. 奴隷所有者を支持するより飢饉を選んだランカシャーの人々
8. 南北戦争時代、その身を投げうって北軍兵士を救った南軍兵士


3. 激戦地で敵軍と共に祝ったクリスマス
 第一次大戦が始まって初めてのクリスマス(1914年12月)、塹壕戦では地獄のような戦いがくりひろげられていたが、前線の敵味方同士が兵士レベルで非公式に停戦に合意した。

 塹壕線のいたるところで、敵対している者同士が中間地帯に出て行って、互いに贈り物を交換し合い、サッカーの試合をし、普通の仲間同士のようにふるまった。

 鉄条網が張り巡らされ、砲弾の穴があちこちにあく現場で、一緒に声を合わせてクリスマスキャロルを歌ったのだ。

昨日の敵は今日限りの友となる。1914年、ドイツ軍とイギリス軍のクリスマス休戦 : カラパイア
戦争って一体なんなんだろう。
※12
戦場では意外と普通なことのようで、同じ第一次大戦のガリポリ上陸戦でも英軍がタバコ等を敵陣に投げると、敵のトルコ軍からはお菓子等が投げ返されたりしてる。
第二次大戦の北アフリカ戦線でも、英独双方の衛生兵が同じ包帯所で並んでそれぞれの兵士の手術を行ったり、戦場で治療中の英軍兵士らを発見したドイツ兵が救急箱を手に駆け寄って治療を手伝った話もある。
クリスマス休戦については、当時の戦争当事国の各国政府が戦争は早期に終わる、クリスマスには自宅に帰って戦勝とクリスマスを祝おう!と志願兵を集めた結果、クリスマスになっても終わらない戦争に嫌気が双方の兵士に芽生えていたのも関係するんじゃないかな
戦争中の一時休戦は日本でも普通にあったみたいだよ。
戦国時代の話で農民が報酬目当で参加して、敵軍に親戚縁者や別の合戦で知り合った人と戦うフリをしたり、お偉いさんに見つからないように交代で休憩したり、うまいことやってたって。
戦場で聖夜を祝い合うって、いい話ではあるんだろうけど切なすぎるよな
いくら戦ってるとはいえ、やっぱり兵士は生身の人間なんだよな…と思わずにはいられない。
※12
戦争をするのは兵士だが、戦争をさせるのは兵士ではない。
人間も捨てたもんじゃないなと思うね。
戦争は政治家が外交に失敗して起こしていることだから。
歴史から学べることは一つ。
人は歴史から学ばない。

http://karapaia.com/archives/52260899.html









2009/6/7(日) 午前 2:51【贖罪の日(ドイツ鎮魂歌第1番)】

ポールは、自分の殺した男の両親と恋人に尽くす事により、ようやく戦争の悪夢から救済され、
自分が死んでも恋人に彼の亡霊に囚われて欲しくないヴァルターの最後の夢を叶えてやれるのですな

第1次大戦は欧州の人々にとって、第2大戦次以上の悪夢だといいます
古い思想のままで開戦したら、近代兵器による甚大な被害が出ましたからね

ドイツにとっては、ヴェルサイユ条約により身ぐるみ剥がされる屈辱
パン1個が1億マルクって…ウドン1杯600万円の吉本新喜劇も撃沈する恐怖の世界
そりゃあ、フランスへの憎悪は元々仲悪さんでなくてもねぇ
映画を撮ったエルンスト・ルビッチはドイツ人であり、その辺の感情は充分理解していたはず

憎悪の連鎖を断ち切りたかった?
フランス側を加害者に設定したけど、ドイツ側も同じ非を犯しただろうと達観していた?

ポールはその後、ドイツ人になったのか、フランス人のままドイツに永住したのか?
それはたいした事じゃないと思います
相互理解が重要であり、その前には国籍は何の意味も持ちません




先日、ある記事に、「日本に拘る日本人の性」「血と国籍だけが、日本人の拠り所」
全米オープンテニス優勝した大坂なおみに盛り上がる俗世間を見て
なおみちゃんの現在は、日米二重国籍で、4歳から米国育ちのおかげ様がわかってんのかいを指摘していた
なおみちゃんはハイチ系アメリカ人の血が濃い
生まれてこの方の日本育ちじゃ絶対、陰険極まる差別を受け、門戸が狭く、才能伸ばせないってね
日本人にとって都合の良い所美味しい所取り根性が腐ってるっちゅう意味をだよ
長崎県出身の日系イギリス人小説家カズオ・イシグロについても
村上何某なんかより上だと思うのに、日本の賞で等閑視されるのは、日本国籍離脱を挙げていた




日本が好きなんじゃなくて脳内に作り出した「完璧な国・日本とその構成員である自分」が好きなだけ
学習能力無さと共に、日本の今そこにある危機を指摘したいまで…







1年足らずで歴史が劇的に変わるんだったら
一つの国が崩壊するのも、マジ!?と驚く間も無いほど速いかもな

歴史に学ばないな。
個人もそう。
自分の失敗の歴史に全然学ばない。
歳取るとより激しくなる。
特に言葉のやり取りでの言い方で相手を傷つけ、不信感を抱かせる。
一瞬の行動も、そう。
だから、対国となると、ちょっとした軽い言葉でも戦争になる。
しかもその時点で、国を動かすのがアホな奴らなら、国が潰れる。

2018/9/17(月) 午後 11:08[ sos***** ]


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>>sos*****さん
日本の場合、明治以降、第二次までは戦勝国側というのが躓きの石では?
日露なんて相手が自滅した側面あるのに
変に自信持ってしまい、富国強兵とか寝惚けた世界へ進んだというか

過去の亡霊に取り憑つかれる格好の権力者のさばる国は必ずしや、衰退しますよ
失敗の歴史に全然学ばない、未知の世界を学ぼうとしない、国を妄信していたような個人が
アカンと気づいた時には既に遅しでしょうね

2018/9/18(火) 午後 5:39mathichen


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